フラワーエッセンスの研究室


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チベット砂曼荼羅の世界〜おまけ(^_^)

e0190756_19483835.jpg昨日、入場者全員にひとつまみの砂が配られました。
それは、さっきまで砂曼荼羅であった砂。ひとかたまりになった砂はいわゆる“砂色”なのですが、こうして一粒一粒をじっくり眺めると、それぞれに独自の色を持っていることがわかります。

「砂曼荼羅が表しているのは、ひとつの宇宙。その宇宙の構成要素である粒子と原子の象徴として“砂”が用いられているのです」
最終日に、解説の方が語った言葉が心に残りました。
砂の一粒一粒は、何てことないのだけれど、それらが集まって、しかるべき場所に配されると美しい世界を創ることができるのです。
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もし、私達の一人ひとりが、それぞれの色を持った一粒の砂と考えるならば、自分の与えられた場所で、与えられた役割を発揮することが、この世界に生きていくうえで一番大切なことなのかもしれません。

また、砂曼荼羅の一連のプロセスを、人間の一生にたとえるならば、まずは見えざる神の手によって、曼荼羅(人生)の図面が描かれ、その計画に従って、少しずつ砂曼荼羅が創られていくのです。
そして、9日目にすべてが達成すると、それは一瞬にして取り壊されて、自然のもとへと還っていきます。そして、後にも先にも残るのは、永遠の時空間。
しかし、砂曼荼羅がその時その場所に存在していたという事実に変わりはありません。

「結果を求めるのではない。本当に大切なものは、プロセスの中にある」
だからこそ、僧侶たちは砂曼荼羅を壊すことに何のためらいもないそうです。

砂曼荼羅が壊されて、壺に収められる様子を見ていたとき、私にはそれがまるで、遺体を火葬してできた灰が収められているように感じられました。
そして、隅田川にその砂が流されたとき、人生の学びを終えたすべての魂も、砂と一緒に自然へと還っていくような思いがしたのです。
(今回の川へ還す儀式は、戦後60年という節目に合わせての平和祈念と、東京大空襲で隅田川に身を投じて亡くなられた方々への供養の意味もあったのです)

正直言って、9日間の砂曼荼羅の儀式に、自分がここまで参加するとは、まったく予想もしていませんでした。
砂曼荼羅に関しては聞きかじり程度の知識しかなかったし、チベット仏教やダライ・ラマ法王のことは「地球交響曲第2番」で見たくらい。実は、特に深く傾倒しているわけではなかったのです。

連日通いつめるうちに(なぜ、自分はこのイベントに参加しているのだろう?)と、自問自答が始まっていきました。思いつきではじめたblog更新のため? …いや、違う。そして気づいたのです。「私って、煩悩のカタマリだった!」
自分の中にある、さまざまな邪心を浄化したいからこそ、プロセスをずっと見守って、砂曼荼羅の儀式とともに自分を浄化したかったのです。
しかし、連日行なわれている解説を聴くうちに、煩悩は手放すものではなく、そのエネルギーをポジティブに変えることが大切なのだということを知りました。
そう、煩悩は持っててOK。煩悩をいかにポジティブな形で発揮していくか。それは、一生をかけて行なう修行なのかもしれませんね。

とにかく、いろんなことを感じ、いろんなことを思い、いろんなことを学んだ9日間。
自分の中での整理を含めて、つらつらと書いてみました(^_^;
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# by planet_plant | 2005-07-11 11:12 | report | Trackback | Comments(0)

チベット砂曼荼羅の世界〜その9(最終日)

砂曼荼羅、ついに完成!
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あれ?昨日解説した、一番外側にあるという「金剛結界」がありません。…どうやら、地面のことみたい(^_^; つまり描かずして、地面があるんですね。

今日は最終日とあって、とにかく予想以上の大混雑。入室できずに順番を待つ列ができているため、人々はみな曼荼羅の周りを回りながら、思い思いに写真やケータイ、ビデオカメラに映像を収めていました。
そして、ついに砂曼荼羅を崩すときとなったのです。
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砂曼荼羅を取り囲むように4人の僧侶が立ち、崩すための声明を上げます(写真左)。
そして、何のためらいもなく、でき上がったばかりの砂曼荼羅に、金属の棒で筋を入れる僧侶(写真右)。この瞬間「あっ…」という声が上がりました。
9日間かけて作られた砂曼荼羅も、崩すときはほんの一瞬。色とりどりで美しかった砂は、集められてくすんだ砂色に変わるのです。
e0190756_19382886.jpgその砂は壺に入れられ、聖布(カター)が巻かれて収められました。

これで、相田みつを美術館で行なわれている「チベット砂曼荼羅の世界」は終了。今度は、場所を隅田川に移して砂を川に還す儀式になります。
…というわけで、聖路加ガーデン内の河岸公園へと移動。

ところが…ごめんなさい!m(_ _)m
川に還す儀式の写真ですが、あまりに人が多すぎて、その様子をカメラに収めることができなかったのです(>_<)

川に還す儀式は、このようにして行なわれました。
まず、4人の僧侶が、隅田川の方を向いて並び、声明を上げます。
その後、バケツを使って隅田川の川の水を汲み、その水を砂の入った壺に注ぎました(本来なら直接川の水を汲むのですが、堤防の関係で高さがあって直接は無理なため、ロープを張ったバケツを使いました)。
壺の中で砂と水が混じり合ったら、それを隅田川に流します。これもほんの一瞬のこと。
壺の下に残った砂を、もう一度水で洗い、隅田川に注ぎます。
そして、最後に声明を上げて終了。本当にあっけなく終わってしまいました。

壺から砂水が隅田川に注がれる瞬間を見たときに、込み上げるものがあった私。
頭を垂れて声明を聴いているうちに、涙がじんわりとあふれてきました。それは、ある種、葬送の儀式に立ち会っているかのような感じ…。

(9日間に渡った砂曼荼羅も、これで終わりか…)と、ぼんやり立ちすくんでいると、どうやら、隅田川の水を美術館に持ち帰って、最後の儀式が行なわれるとの情報が。
「もし、見たいという人がいたら、美術館に戻ってくださ〜い」という声に、慌てて美術館へと向かうことにしました。

e0190756_19412983.jpg自動扉が半開き、“展示は終了しました”という貼り紙のしてある中を入ります。
そして、撤収作業の横をすり抜け、砂曼荼羅を制作していた部屋へ。

ほんの数時間前、砂曼荼羅が広がっていたテーブルには、もはやその面影もなく、かろうじて曼荼羅の下書きが残るのみ。
隅田川から戻ってきた僧侶たちは、声明を上げ、壺の中に汲んできた水を使って、この下書きの線を消していきました。
そうやって、すべてが跡形もなく消え去ってしまったのです…。

色即是空、空即是色。
相田みつをの作品にもあるこの言葉が、砂曼荼羅の本質を表しています。
そして、それは人の一生でもあるんだな…と、今回の儀式に参加して強く思いました。
e0190756_1943073.jpg砂曼荼羅は消えてなくなってしまいましたが、心の中には、今も色鮮やかに砂曼荼羅が残っています。もちろん、このblogにも!(笑)
この、心の中の砂曼荼羅を大切にしていきたいですね(^_^)

ギュト寺院からやってきた4人の僧侶の笑顔はとても美しく、心が洗われる思いでした。
9日間、どうもありがとう。
そして、このレポートを楽しみに見てくださった方、どうもありがとうございました。
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# by planet_plant | 2005-07-10 23:48 | report | Trackback | Comments(0)

チベット砂曼荼羅の世界〜その8

確か、先日の日曜日に会場で上映されていたドキュメンタリーだったと思うのですが、「チベットを侵略しようとする中国政府に対して、怒りを覚えませんか」というインタビュアーの質問がありました。
その質問に対して、ダライ・ラマ法王は「怒りを感じることはありません。むしろ、よりいっそうの慈悲を感じます」…と答えています。

法王が毎日行なう瞑想の中に、イメージの中で相手に自分の慈悲の心を与え、相手の心を自分の内側に受け入れて、感情を理解する…という修行があるそうです。
そして、法王は毎日、チベットを侵略する者と自分自身との心を交換するのですが、彼らの内面にある感情 〜恐れや悲しみ、怒りなど〜 が理解できるために、イメージの中で、彼らを慈悲の心で包んであげるのだとか。

テロに対して、各国政府は「テロに屈することはない」という態度を表明していますが、力で対抗しようとするのは、新たな反発と悲しみを生むだけではないでしょうか。

さて。砂曼荼羅は順調な仕上がりを見せていて、明日の午前中には完成するのではないか…と言われています。
曼荼羅の全容が見えてきたので、詳しい説明を入れたいところですが、まずはその前にちょっとおさらいを。

何度も何度も繰り返して、色や方位、仏さまの関係を紹介してきましたが、煩悩がポジティブに転化されたときの感情を、解説の方にきちんと伺ってきたので、最後の総まとめとして紹介しておきます。

色  方位 要素 五智如来       象徴 煩悩 転化された感情
青  東  空  阿閃如来       金剛 怒り →喜び
黄  南  地  宝生如来       宝  慢心 →尊重
白  西  水  大日如来       法輪 無知 →知恵
緑  北  風  不空成就如来     剣  嫉妬 →共存
赤  中央 火  観音菩薩(阿弥陀如来)蓮華 執着 →慈悲

e0190756_19255130.jpg今までの説明は中央の蓮華の部分ばかりだったので、外側の部分に焦点を当てていきますね。
中央の蓮華を囲んでいる円は、金剛の輪。これは密教の象徴として描かれています。
そして、4色が4方向へ突き出ているのが、出入り口に当たる門。
その周囲をカラフルに四角く囲んでいるのが「5色の壁」と言われる場所。
(曼荼羅は本来は立体的なものであって、上から俯瞰で眺めた姿を描いているのです)
ここには、中央の仏さまに捧げるための16種類の供養物、灯明、線香、宝石、宝などが描かれています。
5色の壁の一番外側の部分、白い壁は“煩悩を断ち切る壁”とされていて、内側の聖なる世界と一線を画するための結界になっているそうです。

e0190756_19274380.jpg四方の門の前に広がる、カラフルな円形の空間は、装飾された階段を表したもの。玄関ポーチ、と表現してもいいのかも。
その周囲に広がる緑の空間は、乗り物を置く場所になっています。外からやってきた者は、ここに車や牛を置いて、玄関から階段を昇り、門から中央の仏がいる場所へと入っていくわけです。
ここまでが、天上の世界。ここから外側は、それより下の世界ということになります。

小さな虹のような模様が並んでいるのは「蓮華座(玉座)」。これは、清らかな世界の象徴であり、内側の宇宙を支える台になっています。
次にあるのが、金剛の輪。中央の蓮華を囲んでいるのと同じもの。
そして、今日の段階では一番外側に当たるのが「炎の山」と呼ばれる火輪。これも、外からの影響を防ぎ、内側の宇宙を支える役目になっています。

明日描かれて完成するのが、一番外側の輪の「金剛結界」。これは、一番下の地面を表しています。
つまりは、この砂曼荼羅、一番上の仏さまが鎮座する場所から描き始めて、次第に下の世界へと、ひとつひとつ階段を降りるように描かれているのです。

昨日、あまり(…というか、ほとんど)解説できなかった分、今日は長くなってしまいました(^_^;
本日の砂曼荼羅は、こちら。明日でついに完成です!
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# by planet_plant | 2005-07-09 23:27 | report | Trackback | Comments(0)

チベット砂曼荼羅の世界〜その7(ちょっと余談)

砂曼荼羅の制作が終わって、いつものように写真を撮影したら、声明が始まる前にそそくさと退散。
…ごめんなさい。今日はその後に予定が控えているのです。

それは、目白の古民家で行なわれた「風をひらく 2nd. Circle」。
北山耕平さんの翻訳本『ジャンピング・マウス』の出版記念として、この物語の初ストーリーテリングの会が催されたのです。

これが衝撃的なくらいによかった! 感動した!!

その余韻というか、物語自体がまだ身体の中で共鳴をし続けているので、今日は砂曼荼羅について書き綴るだけの余地がありません(書きたい内容はあるのだけれど…苦笑)。
ですので、今日は写真のみ…ということで、お許しください(^_^;
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# by planet_plant | 2005-07-08 23:43 | report | Trackback | Comments(0)

チベット砂曼荼羅の世界〜その6

いつものように会場へと入ると…人、人、人! 今までで最高の入場者です。
今日の講演が映画監督の龍村仁さんであることを知って、納得。みんな、龍村監督の講演を聴きたくて、今日を狙ったんだなぁ。
砂曼荼羅の制作終了後に行なう声明のときも、座席が足りなくなってしまって、会場は立ち見の人で大混雑。入り口まで人であふれかえっていました。

さて。方位と色と煩悩などとの対応をご紹介してきたが、今日はそれに加えて仏さまのことをひとつ。

この砂曼荼羅の中心にある蓮華は、以前、観音菩薩の象徴であると書きました。蓮華を囲む花びらは観音菩薩の手を意味し、持ち物が一緒に描かれている…と。
それをもう少し深く追求していくと、ここには5人の仏さまが描かれているのだとか(その5人の仏さまのことを総称して「五智如来」と言います)。
今回の砂曼荼羅では、五智如来が次のように配されています。

要素 方位 色  煩悩  象徴  五智如来
空  東  青  怒り  金剛  阿閃(あしゅく)如来
地  南  黄  慢心  宝   宝生如来
水  西  白  無知  法輪  大日如来
風  北  緑  嫉妬  剣   不空成就如来
火  中央 赤  執着  蓮華  観音菩薩(阿弥陀如来)

e0190756_18364944.jpg観音菩薩の砂曼荼羅だから、中央はもちろん観音菩薩。
しかし、それは表の仏さまであって、裏には阿弥陀如来が隠れています。
(蓮華の象徴は、実は阿弥陀如来であり、赤は阿弥陀如来に対応する色なのだとか)

しかし、煩悩では執着を表すこの赤、同時に、観音菩薩の慈悲をも表しているそうです。

「執着と慈悲は、実は同じ感情なのです」と、解説の方が説明してくださいました。
チベット仏教の僧侶の衣は、赤(えんじ色)。これは、慈悲を象徴すると同時に、救済のため、あえて衆生に執着することを意味しているのだとか。

執着と慈悲の感情、フラワーエッセンスで当てはめれば「Holly」だな…と、そのときふと思いました。

そして、東西南北に仏さまの象徴が描かれている8枚の蓮華の花びらは、愛と調和をつかさどる、人間の第4チャクラ(胸=ハートのチャクラ)につながっているのだそうです(第4チャクラは8枚の花弁を持つ花に表される)。

以上のことからもおわかりのように、愛と平和の祈りであることを示すさまざまなメッセージが、いたるところにちりばめられているのです。

砂曼荼羅の世界、知れば知るほど、本当に奥が深いです。
というわけで、本日の曼荼羅はこちら。
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# by planet_plant | 2005-07-07 22:29 | report | Trackback | Comments(0)

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