フラワーエッセンスの研究室


by planet*plant

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カテゴリ:field work( 37 )

DEMO No.2

今年の遠足実習ででき上がったエッセンスも昨年同様、煮沸法によるもの。
昨年は太陽法で作るか、煮沸法で作るか、ギリギリまで悩みました。
でも今年は…雨音で目覚めた時点で、すでに太陽法の選択肢は消滅(;_;)
花のコンディションを考えると、煮沸法でできるか? はたまた今年は悪天候時のワイルドカード・環境エッセンスを作るか!?という、新たな選択肢で悩まされたのです。

早朝の雨は、8時すぎには曇り空に変わったため、かろうじて煮沸法のエッセンスが作れる!と判断。
そうして、今回はこのエッセンスが誕生しました。
昨年と絵づらが変わりませんけれど。。。(大汗)
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昨年ほどではありませんが(^_^; このエッセンスができるまでにも、ちょっとしたドラマがありました。

エッセンス作りは、前日から始まっている
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by planet_plant | 2016-09-13 13:40 | field work | Trackback | Comments(0)

境界をまたぐ森

8月25〜27日の2泊3日で、長野へ。
「フラワーエッセンスを生きる」講座修了者を対象とした、planet*plantの遠足実習を行いました。
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昨年同様、戸隠奥社へのお参りを済ませた後に、隣接する戸隠森林植物園へ移動。
昨年は参道に渋滞が起こるほどの人込みでしたが、今年はいつもの静かな戸隠奥社らしい人の流れでした。
それでも、1本道を外れて植物園のエリアに足を踏み入れただけで、まったく人の気配がなくなります。

e0190756_1525039.jpgそして、至るところに「クマ出没注意」の看板(^_^;
戸隠奥社一帯は、野生動物の住処でもあるのです。

今から10年くらい前、戸隠の森の中でヒヤリとしたことがあります。
あいにくの大雨で森の中は薄暗く、遊歩道には人影ひとつ見当たらない。そんな道を一人で黙々と歩いていたときに、動物の足跡を見つけたのですよね(たぶん、熊ではなかったと思うけれど…)。
ニアミスで遭遇せずに済んだわけですが、野生の世界に足を踏み入れているというヒリヒリした実感を、そのときに体験しました。

近年、全国的に熊の被害が相次いでいます。
確か…テレビだったと思うのですが、熊の被害が相次ぐ理由に「里山の過疎化が進み、人間世界と野生世界との境界が曖昧になっている」ことを挙げていました。
また、狩猟を禁じてからというもの、人間に恐れを抱かない熊が増えてきたことも原因のようです。
秋田で起きた事故のように、熊が人間を獲物だと認識してしまうと、今後さらに被害は増えるかもしれません。

人間と野生動物の共存のあり方について、再検討しなけれればならない時期を迎えているのかもしれませんね。

人間と動物の世界の狭間で
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by planet_plant | 2016-09-07 10:11 | field work | Trackback | Comments(0)

変容への促し

7月18日から20日で「フラワーエッセンスを生きる」講座修了者を対象にした、2泊3日の遠足実習を行いました。

この講座を立ち上げたときから、修了者を対象にして自然の中に出かける機会を設けたい…と、漠然と考えていました。
年に数回、季節ごとに植物園を訪ねる会を企画しようかしら…。
そんなふうに考えていたのですが、あるときにイメージが明確に湧き上がったのです。

そうだ、フラワーエッセンスができ上がるプロセスを、みんなで一緒に体験しよう!

そのためにふさわしい場所を考えたときに思いついたのが、長野・飯綱高原にある「水輪」。
6月に下見と打ち合わせを兼ねて現地を訪ね、入念に準備を済ませて、いよいよ当日を迎えました。

そうして誕生したのが、このエッセンスです。
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私の荷物リストには、太陽法で作るためのガラスボウルだけでなく、ホウロウ鍋も加えていました。
天候次第では太陽法でエッセンスが作れない可能性を考慮して、煮沸法を選択できるようにしたのです。
結果として、初めての遠足実習となる今回は、煮沸法になりました。

でも、煮沸法でエッセンスを作るに至ったのには、天候がその理由ではありません。
今回の作り手となった私たちの現状を考慮すると、太陽法よりも煮沸法だという結論に至ったのです。

火の力で古いパターンを破壊する
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by planet_plant | 2015-08-02 08:38 | field work | Trackback | Comments(0)

スミレの一喝

ちょっと時間が空いてしまいました。先日のblogの続きになります。

自然の中を散策した2日間は、植物からたくさんのメッセージを受け取りました。
その中で、とても印象深かったこと。

スーザンさんのワークショップでは、植物と繋がりスピリットと交流する機会をもちます。
自然の中で植物に触れながら交流をするだけでなく、その植物との繋がりを保ちながら、誘導瞑想の中で植物のスピリットと出逢うというワークを行うのです。

e0190756_10172099.jpg私は、交流するパートナーの植物に、広場の一画にひっそりと咲いていたスミレを選びました。
花をじっくり観察していると、見つめられて恥ずかしそうにしている雰囲気が感じられます。
写真でもわかるように、ほかの植物の草丈よりもちょっと低い位置で、うなだれるようにして慎ましやかにひっそりと咲いているのですね。
「私を見つけてくれてありがとう」「私はこの場所を選んで、ここにいるのです」と、控えめながらも気高さを感じさせるようなメッセージが伝わってきました。

ところが、です。
室内に戻って誘導瞑想に身を預け、霊的な世界の中で再会したときのスミレは、とても意外な一面を私に示しました。

スミレが教えてくれたこと
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by planet_plant | 2015-06-20 22:25 | field work | Trackback | Comments(0)

おわりとはじまり

先日、久しぶりに自然の中に入ってきました。
河口湖で開催された、スーザン・ホールさんのリトリート形式のワークショップを再受講してきたのです。

でも、正直に言うならば、このWSの再受講そのものが目的だったわけではありませんでした。
スーザンさんが来日中と知り、お会いしたいなぁ…と思ったときに、そもそも都会のビルの中で会うイメージがなかったのです。
やっぱりお会いするならば、自然の中がいい。まずは、そう考えました。

そして、これが一番の理由なのですが…私自身がとても自然を求めていました。
このところ、自然の中に入る機会というのをずっと持てずにいました。記憶の限りでは、一昨年の夏に訪ねた大鹿が最後だったかも。
そんなわけで、とにかく「大自然の中に身を置きたい!」という切実な願いがあったわけです。
それは同時に「旅をしたい」ということを意味していました。

普段の日常と離れた場所を訪ねるとき、私たちは外の環境を旅すると同時に内的世界を旅しています。この、内外に渡って個人の体験を深めていくものこそが、私は「旅」だと思っています。
そして、私が「旅」を望むときというのは、たいてい自分の中で答えを見いだしたいときなのです。煮詰まって、逡巡して、自分ではどうにも身動きがとれなくなってしまったように感じたときに、人智を越えた力が働く大いなる自然に問いかけをしたくなるのですね。

こういった、すべての要素が絡み合って、最も相応しいタイミングと感じたのが、このリトリートWS再受講だった、というわけなのです。

富士山を臨むロケーションは最高!
夜には盛大に上がったキャンプファイヤーの炎を眺めながら、スーザンさんが語るケルトの物語に耳を傾け、夜の闇の中に想いを巡らせました。
今回は、死と変化を司る戦いの女神・モリガンの物語でした。
なぜ、この物語を選んだのか。それは、翌日にわかることとなります。
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ターニングポイントの予兆
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by planet_plant | 2015-05-30 15:40 | field work | Trackback | Comments(0)

樹木散歩

私の住むエリアには、縄文時代からの古墳が点在しています。
つまり、古くから人間が住んでいた歴史ある土地。それゆえに、樹齢百年を超える樹木もたくさんあります。造園業や生花の栽培が盛んで、敷地内で樹木を育てる家が多く、近所には花供養をするお寺があるなど、植物との繋がりがとても深い土地の印象。
それなので、ご縁あってこの土地に移り住めたのは、とても幸せなことだと感じています。

引っ越しをして数ヶ月も満たない頃でしょうか。自転車で通勤する道の途中2カ所に、気になる木を見つけていました。
気になる…というか、明らかに“呼ばれた”と感じるのです。いつも時間を気にしながら、その樹木をやり過ごすので、いつか時間がゆっくり取れたら…と思いつつ、早1年が経過していて。。。

そして先日、ようやくその樹木に触れることができたのです。
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ひとつめは、畑の端にひっそりと立っているケヤキ。
最初にこの樹を見かけたときは気づかなかったのですが、秋になり葉を落とした姿を見たときに圧倒されてしまいました。実はこのケヤキ、1本ではなくて、2本がねじれるようにして重なり合い、空に向かって枝葉を伸ばしていたのです。
e0190756_22364686.jpg上の写真だとわかりにくいかもしれませんが、左の写真だとねじれた雰囲気が伝わりますよね。
幹の太さからも、同じくらいの樹齢と予想できます。なぜ、こんなふうに育ったのか?…はわかりませんが、毎日のようにこの樹木の横を通るたびに声をかけられているような感じがしていました。
樹の根元には枝やゴミのようなものが無造作に置かれているように見えたので(畑の所有者のゴミ捨て場?)少し心を痛めていたのですが、今日じっくりと樹の根元を見てみると、ジャガイモが根元にゴロゴロと置いてある様子は、まるでケヤキにお供えをしているかのよう。単なるゴミ置き場というわけではないのかもしれません。
いずれにしても、あまりゆっくりできる場所ではなさそうなので、少しだけ樹木からの温かなエネルギーを感じ、ご挨拶をして早々に退散しました。

そして、次に向かったのが、神社境内にあるご神木。
これはもう、遠くからも圧倒的な存在感を放っています。
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ここの神社のご祭神は、五十猛神(いそのたける)。この神様は、日本を緑の地にした植林の神様なのだそうです。
樹木に会いに行く前に…と、前もってご祭神を調べたわけなのですが、これまた植物とご縁のある神様に嬉しくなりました。
お参りもしておきたいな、と本殿を目指したところ、今日は本殿の前でDSらしきゲームに興じる小学生のグループがいたので断念(ゲームに熱中しているところに「お参りさせて!」と割り込む勇気がありませんでした…汗)。

e0190756_23205715.jpgここのご神木はシイノキです。
ブロッコリーのような樹形をしていますから、さぞかし地中に張り巡らしている根っこも、長く複雑になっているのでしょう。
幹は、大人が7〜8人で手をつないで1周するくらいのように思えます。
戦没者の慰霊碑が高くそびえ立っているのを避けるようにして、座り心地のよい根株を見つけ、そこに陣取ることにしました。
時間はたっぷりある。このご神木に背中を預けてのんびり過ごそうと思ったのです。

幼い頃は、樹があれば登らずにはいられないほど、おてんばな子どもでした。
大学時代は、なぜかバイト先の社長に「山猿」と呼ばれていました(木登り姿を見せたわけではないのに…笑)。
e0190756_23211029.jpgでも、大人になって、それ相応の年を重ねて、いつしか樹に登りたい気持ちを我慢する気持ちが出てきました。
本当は登りたい。でも、この年齢で公園の樹に一人登っていたら、変な人と思われてしまうのではないか…。そんなふうに自粛する中で、だんだん自然との関わりが薄くなっていったように思います。

同じように、内側から湧いてくる衝動も、無意識に抑える癖がついてしまいました。
本当ならば、気が狂ったように叫びたくなるときもあるし、大声で歌って踊って内側のエネルギーを昇華したいときもある。
自分の家ならば、それが可能? いえいえ、騒音を出したら隣人に迷惑がかかります。そんなふうに、周囲にばかり気を使ってしまって、自分の本心に正直でいられなくなっているのですね。
でもそれは、自分らしく生きる、自然体であり続けようとすることとはまったく逆の行為なのです。

自分に素直になっていいの?と、私はこの樹に尋ねました。自分の気持ちに正直になったら、周囲の人に迷惑をかけたり傷つけてしまったりしない?
すると、シイノキからは「問いかける相手が違いますよ」と言われたような気がしました。その瞬間、私の記憶に浮上したのは、自室の前にいるシンボルツリーの存在。
(ああ、そうやっていつも私は相談すべき身近な相手には本音をさらけ出していないのだなぁ…)と、ふと感じたのです。それは樹木に対してではく、人に対してもきっと同じことなのでしょう。

シイノキは、そんな一人の人間のちっぽけな悩みに答えるというよりは、もっと何百年、何千年という地球時間の中で“在り続けること”を体現しているように感じられました。
幹の内部が朽ち果ててもなお、空に枝葉を伸ばし、大地のエネルギーをらせん状に天へと放射する姿は、神々しくさえ思えました。
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by planet_plant | 2013-08-27 23:37 | field work | Trackback | Comments(0)

“畏れ”と“恐れ”

「Being SOLO 〜高尾ナイトウォーク&ソロ ビバーク〜」体験の後編です。

定員10名のイベントに集まったのは、老若男女さまざまな人たち。
皆さんそれぞれに個性的な独自の世界をお持ちでいらっしゃいました。それはもう、独り上手な人たちばかりが集ったという印象でした(もちろん、私もその一人というわけですが…汗)。

Being SOLO、つまり「個の、自分自身で“ある”」という時間は、確かに現代社会の中で生きる人たちにとっては、よほど意識しないと作れないのかもしれませんね。
その点では、私はとても恵まれています。もともと一人暮らしで、社会的な関わりを最小限にして自宅で独りで過ごす生活をしているので、私にとっては日常生活が常にBeing SOLOなのです。
特に、間もなく引っ越して1年を迎えるのですが、今の住まいに移ってからはテレビをほとんど見なくなり、夜は静寂に包まれるようになりました。自ずと本を読む時間や、一人で物思いに耽ったり、考えごとをしたりする時間が増えていったのです。

それでも、居心地の良い場所とはいえ室内で過ごすのと、大自然に身を委ねて屋外で過ごすのとでは、格段に違います。
今回のイベント参加に当たって、私は内面への問いかけに対する答えを見つけ出す!と決めていました。ビバーク地点に着いて、自分の寝場所を作り、寝袋の中にくるまって一生懸命に参加動機を思い出そうとしたのですが、なぜか、そこにあったはずの悩みや疑問が意識に浮上してこないのです。

ナイトウォークで五感をフルに使ったために人間の野性的な本能が目覚め、さらに就寝前のシェアリングで地球創世からの宇宙時間を認識したことで、個でありながら個ではないという、意識の拡大が起きていたのでしょう。

「人間の抱えている悩みや人生のテーマなんてものは、大自然の前では取るに足らない、ちっぽけなものにすぎないのだ」
そんな思いが頭の中をよぎりました。

川のせせらぎを子守唄のようにして眠りに就いた私は、とてもたくさんの夢を見ました。そのほとんどは覚えていないのですが、明らかに一つ、夢の中で悩みの答えを示されたものがありました。
その夢は、インターネットの最新情報が掲載されている画面を見ているというものでした。ヘッドラインをクリックすれば、私の知りたかった答えにたどり着けるのですが、その先の画面へと遷移することなく夢は終わってしまったのです。

これは、まだその答えを知る必要はないということ? いいえ、そうではありません。すでに答えは示されているのです。
ビバーク地点で皆で輪になって座り、夕食をとったりシェアリングをしたりする中で交わした会話の中に、たくさんの示唆がありました。見聞きしたことだけではなく、私が自分の口で語った言葉にも、ちゃんとその答えが含まれていたのです(きっと“言わされた”のでしょう)。

夢は、答えの在り処を示してくれていました。わざわざ確認しなくても、私はすでにそれを知っていたというわけです。
何も心配することはない。自分の信じた道を進んでいっていいのだ。…そんなふうに力強く後押しされた感じがしました。

私が本当に恐れていたもの
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by planet_plant | 2013-06-13 23:40 | field work | Trackback | Comments(0)

闇は、トモダチ。

6月1日から2日にかけて行われた「Being SOLO 〜高尾ナイトウォーク&ソロ ビバーク〜」というイベントに参加してきました。

「今年は具現化が早い」と、以前にも書きましたが、今年に入ってさまざまな出来事が起こり、その潮流に飲み込まれる中、「いったい何が起きているんだ?」と深く内面に問いかけたことがあります。そう、あれは春分の日のこと。
そのときに引いたオラクルカードで、ビジョンクエストが示されたのです。
“自然の中に答えがある”そう感じた私は、山や森など自然の中で過ごす時間を作ろうと思っていました。
いつかゆっくりと時間を作って…なんて考えながらも延び延びになっていたときに、イベントの案内が届いたのです。その案内文に目が留まりました。

「暗闇」「一人の時間」をキーワードに、自然や自分自身の内面と、静かに向き合う時間をご提供します。

これはもう、渡りに舟。じっくり考えてから…と最初は思いましたが、それでタイミングを逃したら元も子もありません。このチャンスをつかむなら今しかない!とばかりに、直感に従って申込をしたのです。

やはり、その直感は正しかった。
高尾山で過ごした時間は、とても多くの気づきと示唆をもたらしてくれました。

Being SOLO体験〜ナイトウォーク編
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by planet_plant | 2013-06-12 23:05 | field work | Trackback | Comments(0)

ケルトの聖地で魔法の樹に小突かれる

つい先日、一緒に英国の旅をした仲間から、グラストンベリー・トアに通じる道で見つけた樹木は、ホーソンなのだと教えてもらいました。
恥ずかしながら、私は樹の間を抜ける道のほうに夢中になっていて、それが何の樹なのかまでは確認していなかったのです。でも、その事実を知らされてからは、この旅で最も親しくなった樹木は、やっぱりホーソンだったのだ、とはっきり理解できました。

旅の仲間と合流して始まったツアーは、フラワーエッセンスの植物に会いに行くのが前半の目的でした。英国を訪れるたびに必ず立ち寄る場所のほかに、今回は少人数ということもあり、通常のツアーでは行けない場所を訪ねてみようと計画したのです。
そのひとつが、オルコン・バレー(Olchon valley)にあるホリーの森でした。

正確な場所がわからないため、手がかりを求めて地元の人に尋ねながら、車1台しか通れないほどの狭き道を進みます。道の両側は生け垣で覆われているため、まるで迷路のよう。それも起伏の激しい道なので、まるでローラーコースターに乗っているかのような気分になってきます。
丘を登ったり下ったりしているうちに、急に視界が広がって現れたのは、山の斜面にホーソンが咲き乱れている円い空間でした。

イングランドとウェールズの国境線に近いため、恐らくここはケルトの古い戦場の跡であり、円形に開けた空間の周りをホーソンが囲む様子からは、儀式を行う聖地でもあったのではないか…という推察。確かに霊的に敏感な仲間は体調の異変を訴えていました。
私は逆に、この風景に出くわしたとたん、すっかり眠気が吹き飛んでました。車中で見たときから目に飛び込んできた1本のホーソンの樹木めがけて、まっすぐに歩いていったのです。

e0190756_1014749.jpg今回の旅では「どうしてあの風景をカメラに収めなかったのだろう」と後悔した場所がいくつかあります。この場所もそのひとつで、私はカメラに収めていませんでした。
この写真は一緒に旅をした、gattoアロマテラピースクールの橋本由佳さんが撮影したものです。


私が会いに行ったホーソンは、高さ6〜7メートルといったところでしょうか。一番下の枝はちょうど目の高さくらいで、堅くゴツゴツとした枝にそっと手を伸ばして挨拶を交わしました。
そうして辺り一面を散策して、そろそろ車に乗り込もう…と来た道を戻るときに、最後にもう一度ホーソンにお別れの挨拶をしておこうという気になったのです。そこで山の斜面をおそるおそる下りながら、仲間の歩く道から外れてホーソンのところに戻りました。
ホーソンの真ん前まで戻って、右手を伸ばして枝に触れようとしたその瞬間、足元がつるり。伸ばした右手は空を切り、つんのめった姿勢のまま、頭が枝をかすめながらホーソンの根元に飛び込んでいきました。
転んだとき、真っ先に気になったのは、周囲の反応(誰かが見てやしないかと思って…笑)。おそるおそる仲間がいる方向を確かめたのですが、誰も私が転んだことに気づいていませんでした。まずはそれにホッとしながら、足元の汚れを払い、再度ホーソンに挨拶を交わして、何もなかったかのように山を下りてそそくさと車に乗り込みました。

したたか頭を打ったという感覚はまったくなかったのですが、車を走らせてしばらくすると、枝をかすめた部分がジクジクと痛むのです。後に頭をそうっと触ってみたら、どうやらたんこぶができてしまったみたい。これはどうやらホーソンに怒られたようだ…と、帰国してからホーソンのメッセージを振り返ることにしました。

ホーソンは、フィンドホーンに「ホーリー・ソーン」の名でエッセンスがあります。その名の通り、グラストンベリーのあの樹と同じ種の花から作られたものです。

ホーリー・ソーン(Holy Thorn)
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by planet_plant | 2011-07-13 14:49 | field work | Trackback | Comments(0)

ホーリー・ソーンの丘にて

グラストンベリー・トアから次に向かおうとしたのが、ウェアリーオールヒル。
ここには、アリマタヤのヨセフにゆかりのあるホーリー・ソーンがありました。しかし、以前にも紹介したように、心ない者の手によって昨年伐採されてしまったのです。
今、あの樹はどんな状態なんだろう?すっかり跡形もなくなってしまったのだろうか?という疑問もあり、グラストンベリーを訪ねた際には、実際に自分の目で確かめ、感じてみたいと思っていました。

トアを下って一般道に出ようとすると、目の前にタクシーが到着。中からトアを目指そうとしている観光客が出てきました。その様子を見ていると、運転手さんがしきりに私に手を振っています。…別に私はタクシーに乗るつもりはないんですけれど?
車に近づいて、その理由がわかりました。昨夜、真夜中にグラストンベリーのバス停に到着した私を、宿まで送り届けてくださった運転手さんだったのです。
「どこまで行くの?乗せてってあげるよ」と声をかけてきたものの、すぐに返事ができずに困っている私に、すぐさま「お代はいいから」とつけ足してくれました。
申し訳ないです、ゲンキンな私は「お代はいいから」という言葉にすぐに飛びついてしまいました。「じゃあ、乗る!」

ウェアリーオールヒルまで、と行き先を伝えたとたん、運転手さんの顔が曇りました。「ホーリー・ソーンの樹が伐られてしまったのは知ってる?」
知ってる、と答えると「とても愚かな行為で、悲しい出来事だよね」とつけ加えたあとに、こう話してくれたのです。「きっとまた、新しいホーリー・ソーンの樹が植えられるようになるよ」

確かに、グラストンベリーの街の中を歩いていると、若いホーソンの樹が花を咲かせているのをところどころで見かけました。わざわざ「Holly Thorn」と名札をつけている樹もあり、恐らく丘の上のホーリー・ソーンを挿し木で増やしていたのかもしれません。

かつて清教徒革命の時代にも、丘の上の樹が伐られた過去があります。
もともとホーソンはケルトの聖樹であり、妖精の国に守られた魔法の樹、豊饒のシンボルとして大切にされていました。ところが、キリスト教会はこれら異教の信仰を「悪魔的な教え」として弾圧し、グラストンベリーのホーリー・ソーンは「忌まわしい偶像崇拝」として、クロムウェル率いる清教徒たちに切り倒されてしまったのです。
そんな宗教争いに巻き込まれた深い深い歴史を持つ樹なのですが、昨年の伐採には、いったいどのような意味が込められていたのでしょう。
単なるいたずらなのだとしたら、本当に愚かな行為だったとしか言いようがありません。

丘に到着しました
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by planet_plant | 2011-06-29 10:27 | field work | Trackback | Comments(0)

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